―産・官・学連携による集団的受胎促進事業―
長期空胎牛の繁殖機能改善に取り組む
「リハビリ牧場」

岩手県・JAいわて南/須川牧場

 岩手、秋田、宮城の3県の分水嶺である栗駒山の東側山麓・標高250mほどに位置する須川牧場。一関市、花泉町、平泉町をエリアとする岩手南農業協同組合(JAいわて南)が管理・運営する公共牧場だ。

 総面積約300haの広大な牧場に、ホルスタイン種の育成牛約100頭のほか、長期空胎の約200頭の黒毛和種繁殖雌牛が放牧されている。

 同牧場は、岩手県下の産・官・学を横断する畜産関係者で組織する「長期不受胎牛への集団的受胎促進研究グループ」(総括代表=金田義宏・前東京農工大学教授、岩手県獣医師会理事)が行う「長期不受胎牛への集団的受胎促進事業」を実践する、いわゆる“リハビリ牧場”。

 安代町の兄川牧野、雫石町の上野沢牧野に続く3ヵ所目のリハビリ牧場として平成11年に開設された。今年で4年目だが、最終的な受胎率が80%以上(平成12、13年実績)と順調に成果をあげている、という。

 研究グループの一員の岩手大学農学部の三宅陽一教授は次のように語る。

 繁殖雌牛の受胎率の向上による分娩間隔の短縮化は、効率的な肉牛生産にとっても品種の改良に際しても重要課題だ。しかし、人工授精師、獣医師、生産農家の長年の努力にもかかわらず、現実の繁殖成績は必ずしも上がっていない。
                                                                                  

 

 岩手県内の黒毛和種の繁殖成績は、分娩後受胎までの平均日数は131日、授精回数2.0回、受胎率45.1%と不十分。原因ははっきりしないが昔に比べて発情微候が弱い牛が多いことに加えて、近年は飼養農家の高齢化により繁殖管理がさらに難しくなり、ますます長期不胎牛が増加する傾向にある。

 一方で公共牧場が利用率の低下により牧野の荒廃が危惧されはじめ、その利活用について新たな施策が求められている。

 こうしたことから、長期不受胎牛を公共牧場してに放牧して、牛群として集団で飼養管理することで繁殖管理の省力化を図るとともに、不受胎の大きな原因となっている鈍性発情に効果的な治療処置を行い、受胎を促進しようと行政、研究機関、共済組合、農協あげてのプロジェクトチームを組んだのが、この「長期不受胎牛への集団的受胎促進研究グループ」だ。

 須川牧場で「リハビリ」に関与しているのは、岩手大学農学部、岩手県一関地方振興局、一関農業改良普及センター、水沢家畜保健衛生所、磐井農業共済組合、JAいわて南などで、それぞれが研究開発、企画、実施計画を分担して事業を推進するしくみ。

 リハビリは、草が生えそろう4月末の入牧から始まる。「放牧後しばらくは、急に仲間の牛が増えることや、昼夜とも屋外で日光、風雨に当たるなど、それまでの舎飼いとは環境が大きく変わるため体調を崩す牛が少なくないが、1ヵ月を過ぎて馴致してくると、すこぶる元気になり健康を取り戻す」(三宅教授)。これは脂肪代謝の変化にもはっきり表れるという。

 その後、卵胞の発育ウェーブを考慮に入れた新しい排卵同期化処置と定時授精(オブシンク)法という方法により、受胎促進のための治療を行う。

 具体的には、授精対象日の9〜11日前に性腺刺激ホルモン放出ホルモン類似物質であるGnRH製剤を筋肉注射で投与、その7日後にPGF2α製剤を投与、さらにその2日後に再びGnRH製剤を投与、人工授精するというシステム。

 この方法の特徴は、「発情発見などの作業を簡略化でき、しかも一斉に人工授精が実施でき、受胎率の向上が期待できる」(磐井農業共済組合家畜診療所の佐々木正獣医師)こと。

 初回のオブシンク法によって受胎しなかった牛は、再度オブシンク法を実施、それでも受胎しない牛は牧野で自然交配(まき牛交配)を試みるという3段階でのフォロ−だ。

 佐々木獣医師の平成12年のデータによると、このオブシンク法によって授精対象牛の52.4%が受胎した。この数値は通常の人工授精による初回授精受胎率に比べて特段に高いものではないが、一般の受胎率は発情がみられるなど授精可能な牛に対する受胎率として表されることが多いのに対し、このデータは授精対象牛すべてを分母として算出している。「この視点から考えると、この成績は十分高く評価される」(佐々木獣医師)。

 オブシンク法による授精に、牧野でのまき牛による自然交配を加えた最終的な受胎率は81%に達する。平均空胎期間が320日、ほとんどが8〜9歳の高齢牛という悪条件からみて高いレベルの技術といえそうだ。

 須川牧場の放牧頭数は9月上旬現在で290頭(うち3分の2が黒毛和種の繁殖雌牛、3分の1がホルスタイン育成牛)。妊娠が確認されると、遅くとも分娩の1ヵ月前には退牧、生産農家に帰るので、年間では延べ500頭が利用することになる。

 農家の負担は、人工授精料は別にして、入牧料1500円と1日当たり230円。このうち半額は行政から助成され、ホルモン投与などの不妊治療費は共済保険が適用されるので、農家にとってはありがたい事業といえる。ちなみに、利用農家数は2市町の肉用牛、乳用牛飼養農家数900戸のうち120戸。

 さて、当面の課題は受胎率をさらに向上させることだが、「オブシンク法による受胎率アップは限界に近い」(三宅教授)ことから、現在農家の判断で行っている、まき牛による自然交配の利用を高め、最終的な受胎率を引き上げることが目標、という。

 人工授精の場合は高品質牛肉が期待できる血統の牛の精液を選べるが、まき牛の場合は限定されてくるため嫌われがち。「まき牛による受胎でも空胎期間が短いほうが経済的に有利なことを農家の皆さんに説得していく」(佐々木獣医師)意向だ。

                                                     



畜産コンサルタント10月号  2002